◆平安時代(年代不明)
今昔物語集に能登国(石川県)の人が佐渡で金を掘った説話が記載される。
(西三川砂金山のことと推定されている)
◆1542(天文11)年
鶴子銀山の開発が始まる。新穂銀山の開発も同じ時期とされる。
◆1601(慶長 6)年
相川金銀山の開発が始まる
◆1604(慶長 9)年
佐渡代官(後の佐渡奉行)に大久保長安が着任。相川陣屋(後の佐渡奉行所)設置。
◆1778(安永 7)年
初めて無宿人が金銀山の労働力として佐渡に送られる。江戸から60人。
◆1869(明治 2)年
佐渡金銀山が政府直営の「佐渡鉱山」となる。
◆1872(明治 5)年
西三川砂金山が閉山。
◆1877(明治10)年
佐渡鉱山に日本初の洋式竪坑「大立竪坑」が完成。
◆1889(明治22)年
佐渡鉱山が宮内庁御料局に移管される。
◆1892(明治25)年
佐渡鉱 山専用の「大間港」が相川に完成。
◆1896(明治29)年
佐渡鉱山が御料局から三菱合資会社に払い下げとなる。
◆1938(昭和13)年
相川に東洋一の選鉱施設「北沢浮遊選鉱場」が完成。
◆1946(昭和21)年