佐渡には、鉱山に集まったたくさんの人々によって
育まれた文化や芸能が多く残っています。
今の時代にも残り、受け継がれてきた文化・芸能をご紹介!
きみはいくつ知っているかな?
画像提供:(一財)佐渡文化財団
大衆娯楽として島民に広く親しまれた佐渡の人形芝居。最盛期には約40座も存在していたよ。 時代が進むにつれ、後継者不足で衰退、終戦頃には消滅の危機に…しかしその後、島ぐるみで保存しようとの動きが起こったんだ! そして昭和52(1977)年に「佐渡人形芝居保存会」が設立され、国の重要無形民俗文化財にも指定された。今では十数の人形座が残り、各地で上演をしているよ!
明治3(1870)年、江戸時代に盲人の芸として行われていた文弥節をベースに、伊藤常盤一の語りにあわせ大崎屋松之助が人形を遣ったことにより成立。
金平人形または説教人形とも呼ばれ、語りには僧侶の説教に端を発した説経節が用いられている。寛永期(1624〜1644年)頃に成立。佐渡の人形芝居の中では最も古い芝居である。
説経人形の成立後から江戸時代に説経人形や文弥人形の合間に演じられるようになった間狂言。太夫の語りがなく、佐渡では生の佐渡弁でおもしろおかしく演じられる。
18世紀後半に描かれた「天保年間相川十二ケ月」では、相川の祭りとして様子が紹介されている鬼太鼓。地域の家々を回って踊りを披露して、無病息災や五穀豊穣を祈り、厄ばらいをする「良い鬼」の神事なんだ。島内に100以上あるとされる鬼太鼓は、鬼の踊りや太鼓のたたき方が微妙に異なり、一つとして同じものがないんだ!
踊りの型は大きく
「豆まき流」「一足流」
「前浜流」「花笠流」
「潟上流」の五つに
分けられる。
鬼が激しく舞う型や
ほとんど立ったままの型など、
さまざまな特徴がある。
昔から竹の産地として知られている佐渡。自生の竹・笹が20種類以上あるといわれているよ。江戸時代には竹の民具が大量に島外へ出荷されていて、佐渡の財政を潤したという記録も残っているんだ!
金平人形または説教人形とも呼ばれ、語りには僧侶の説教に端を発した説経節が用いられている。寛永期(1624〜1644年)頃に成立。佐渡の人形芝居の中では最も古い芝居である。